仕事もプライベートも全力で楽しみたい! そんな20代の多くが抱える想い。
今回ご紹介する山田 翔真(やまだ しょうま)さんも、かつては求人票とのギャップに悩み、自分に合う環境を模索し続けた一人です。
大好きな趣味を絶対に諦めたくなかった彼が、いくつもの異業種を渡り歩いた末に「通信業界」で理想のワークライフバランスを叶えるまでには、
一体どんな葛藤と決断があったのでしょうか? 遠回りしたからこそ見つけた、自分らしく輝くためのヒントに迫ります。
プロレベルの野球活動と最初のキャリアである通信業界での挑戦
山田さんは関西の出身であり、現在も住み慣れた関西エリアを拠点として日々の生活と仕事を継続しています。
これまでの人生において、最も大きな軸となっているのが、学生時代から社会人に至るまでずっと高い熱量で続けてきた野球の活動です。
その実力は非常に高く、軟式野球の日本代表クラスに選出されるほどの素晴らしい実績を持っています。
全国各地からトップレベルの選手たちが集まる非常に厳しい環境の中で、山田さんは日々、自分自身の限界に挑戦し続けてきました。
ただ、このような日本代表に選出されていても、野球だけで食べていける訳ではなく、普段はそれぞれ別の仕事をしながら競技を両立させている人たちばかりでした。
山田さんも同様に、平日は仕事がすべて終わった後の夜の時間を利用して、自主トレーニングや練習を欠かさず行っていました。
そして、土曜日や日曜日には遠征やチームの全体練習、そして大切な試合に臨むという、非常にハードで引き締まった生活リズムを長年にわたって維持していたのです。
初めての仕事で得た大きな自信。通信業界で駆け上がった若手時代
そんな山田さんが、学校を卒業して社会人としての第一歩を踏み出すために選んだのが、通信キャリアである大手携帯電話の販売員での業務でした。
通信業界は、新しく覚えるべき商品知識やプラン、スマートフォンの操作方法などが非常に多く、日々の変化も激しいため、慣れるまでは大変なことも多い世界です。
しかし、山田さんは持ち前の根気強さと前向きな姿勢で、目の前の業務を一つずつ丁寧に自分のものにしていきました。
お客さまに寄り添った丁寧な接客と、誠実な営業活動を重ねることで、多くのお客さまや職場の仲間から厚い信頼を得るようになり、
結果として若くして副店長という責任ある役職まで任されるようになりました。
新機種の発売日などは来客数が多く、大変な日であっても、山田さんは周囲のスタッフと協力しながら、店舗の営業を滞りなく継続し、成果と信頼を積み重ねていきました。
新しい環境への挑戦と求人票の条件によるギャップの経験
最初の通信業界で副店長として確かな実績と自信を持った山田さんは、次にホームページ制作関連の営業という全く新しい領域に転職することを決意しました。
このお仕事は、会社があらかじめ用意していたリストに電話をかけて新しいお客さまを開拓していくという、非常に高い精神力が求められる電話営業のスタイルでした。
単純な作業ゆえに短期間で、成果や数字を求められる非常に厳しい環境であり、工夫を凝らしながら必死に泥臭くトライを繰り返したのですが、
この過酷な環境で自らの限界に挑戦し終えた山田さんは、次の成長の場を求めて、新たな環境へ挑戦する決断を下しました。
求人票の言葉を信じて。入社後に直面した「現実とのギャップ」
その後、山田さんはより安定した働き方を求めて、特定のルートを回るルート営業を行う会社への転職を試みました。
応募する段階で、求人票に記載されている給与や勤務条件、具体的な業務内容をしっかりと確認し、納得したうえで入社を決めたのですが、実際には大きく異なっていました。
事前の求人条件と、実際の職場環境や業務内容との間に、見過ごすことのできない大きなズレやギャップが存在していたのです。
この出来事は、山田さんにとって本当に信頼して長く働ける会社選びとは何かを深く真剣に考える、人生の大きな転機となりました。
ルート営業の会社でのギャップという苦い経験を経て、山田さんは営業の第一線から退く選択をしました。
生活リズムの安定と過去の経験が導いた大きな転機
次に選んだのは、建築関係の人材派遣のコーディネーターというお仕事でした。
この業務は、お仕事を求めている派遣社員の方々と、人手を必要としている建築系の企業の間に入り、お互いの希望がうまくマッチするように手配や調整を行う大切な役割です。
働き方のスタイルとしては在宅勤務が中心であり、自宅にいながら依頼先の企業や求職者の方々へのきめ細やかな対応を継続して行いました。
この建築系の人材派遣会社には約4年間勤務し、生活リズムを非常に安定させることができました。
特に土曜日と日曜日が完全にお休みであったため、山田さんがずっと人生の軸として大切にしてきた野球活動との両立が、非常に高いレベルで完璧に実現できたのですが、
在宅勤務での静かで安定した日々を過ごす中で、かつて自分が新入社員として、そして副店長として動き回って働いていた現場の楽しさや活気が、鮮明に思い出されてきたのです。
アドバンスジャパン(株)との出会いと関西支社での内勤

山田さんにとって、1社目で経験した通信の現場は、人間関係にも恵まれた非常に良い環境であり、副店長まで務めあげたという人生の強い成功体験の場所でもありました。
もう一度あの活気のある通信業界に戻って、これまでの経験と力を試してみたいという強い動機が膨らんでいった時に出会ったのがアドバンスジャパン(株)の求人でした。
通常であれば、転職活動の際には何社もの同業他社を念入りに比較し、どこの会社にするべきか深く悩むことが多いものですが、山田さんの場合は全く違いました。
アドバンスジャパン(株)の求人内容や、SNSで発信されている会社の温かい雰囲気に触れた瞬間、他の会社との比較をほとんどすることなく、すぐに応募を決意したのです。
そして、選考を経て見事にアドバンスジャパン(株)での採用が決定し、念願だった通信業界への復帰を果たすことになりました。
過去に通信の現場を離れてから、いくつかの異業種を挟んで一定の期間が経過していたのですが、山田さんは、復帰後のギャップや大きな不安をほとんど感じることはなかったそうです。
ブランクによる遅れを感じるどころか、現場感覚や接客のノウハウがすぐに身体から蘇り、わずかな短い期間で、完全に新しい今の職場へ適応することができたのです。
20代の皆さんに伝えたい多様な職種を経験する強み
現在、山田さんは現場での経験を活かし、関西支社にて人事部の一員として、新たな仲間の採用や環境づくりなど、より広い視点で組織を支える業務をこなすまでになっています。
過去の豊富な経験と副店長としての知識を存分に活かしながら、大きなブランクを感じることなく非常にスムーズに今の業務に適応しています。
何よりも大切なのは、どのような職場や環境に身を置いているときであっても、自分が人生において一番大切にしたい軸を、決して諦めずに持ち続けることです。
そして、過去の自分が輝いていた良い経験を信じて、もう一度その世界に飛び込む勇気を持つことが、自分らしい納得のいく働き方を確立するための第一歩になります。
アドバンスジャパン(株)の山田 翔真さんのまとめ

山田さんのこれまでの歩みをまとめると、自分自身に本当にぴったりと合う働き方を、諦めることなく模索し続けた素晴らしいストーリーでした。
最初の通信現場でしっかりとしたビジネスの基礎と接客の楽しさを身につけ、その後いくつかの異業種を自分の意志で経験したからこそ、
アドバンスジャパン(株)という場所が持つ温かさや、風通しの良い環境の素晴らしさを、誰よりも深く再発見することができたのです。
お仕事の楽しさもプライベートの充実も、どちらか一方を犠牲にするのではなく、両方を手に入れる働き方をしっかりと確立しているのです。
アドバンスジャパン(株)では、このように自分自身のライフスタイルや、人生を豊かにするための大切な趣味を決して諦めることなく、熱意を持った社員を全力で応援しています。
もし、今の働き方に悩んでいたり、異業種からの転職に不安を抱えていたり、新しい一歩を踏み出す勇気が出ないという方は、ぜひ今回の山田さんの働き方を参考にしてみてください。
アドバンスジャパン(株)には、あなたの挑戦を温かく受け止める環境が整っています。 皆さんと一緒に笑顔で働ける日を、社員一同、心から楽しみに待っています!


